通常であれば、確定申告も完了している時期となりますが、昨今のコロナの状況も踏まえ、本年の確定申告も期限が延長されています。今回は、確定申告で注意しなければならない点として、上場株式等の配当等に係る確定申告の要否について記載させていただきます。
上場株式等の配当等については、特に税理士に依頼することもなくご自分で確定申告されるケースが多いと考えます。しかしながら、間違えやすい論点も多いところとなりますので(実際に間違えたという方も多く聞きます。)、ご注意ください。
特定口座にて上場株式等の運用をする場合、「源泉徴収あり」か「源泉徴収なし」を選択することとなります。「源泉徴収なし」を選択した場合、原則として自分で確定申告をする必要がありますが、「源泉徴収あり」を選択した場合、原則として確定申告する必要はありません。所得税15.315%(復興特別所得税含む)、住民税5%がすでに徴収されているためです。確定申告が強制されるという点で、多くの方々は「源泉徴収あり」の口座を選択されているのではないでしょうか。
しかしながら、「源泉徴収あり」の口座を選択している場合でも、確定申告をした方が良いというケースもあります。以下、確定申告をした方が良い一般的なケースとして3点取り上げてみます。
確定申告をした方が良い場合
特定口座において運用損が生じている場合
確定申告を行うことにより、運用損(譲渡損失>配当のケースをいいます。)を翌年以後3年間繰り越すことができます。翌年に運用益(譲渡損失<配当あるいは譲渡利益が出た等のケースをいいます。)が生じた場合、証券会社において暦年ベースでの正しい源泉徴収が行われますが、翌年にも確定申告を行うことにより、源泉徴収された税額を取り戻すことが可能となります。
複数の特定口座を保有しており、一方の口座で運用損、一方の口座で運用益が生じている場合
確定申告を行うことにより、複数口座における運用損と運用益を通算することができます。つまり、運用益が生じた口座において源泉徴収されている税額を確定申告により取り戻すことができます。また、口座間で通算してもなお通算しきれなかった金額がある場合には、翌年以後3年間繰り越すことができます。
源泉徴収税率15.315%と確定申告により適用される税率の差額を享受する場合
上場株式等の配当等を「総合課税」として申告することとなります。「総合課税」は超過累進税率となり、また「配当控除」の適用を受けることができますので、源泉徴収税率15.315%との差額分を取り戻すことができます。一般に、課税所得金額が900万円以下であれば「総合課税」選択のメリットがあるとされますので、運用益が生じている場合は、選択の余地があるのではと考えられます。(※前年以前に生じた譲渡損失の繰越控除を行う場合は、「申告分離課税」を選択する必要があります。)
ただし、「総合課税」を選択することができるのは、上場株式等の配当等のうち特定上場株式等の配当等とされます。「特定」か「それ以外」かは年間取引報告書において区分表記されています。公社債などが「特定」から除外されています。
あえて確定申告をしない方が良い場合
上記において確定申告をした方が良いケースを取り上げましたが、上記に該当する場合であっても、あえて確定申告をせず、源泉徴収のみで完結させた方が良いというケースもあります。それは、各種税制上のメリットを享受するうえで、「合計所得金額」という判定要素が取り入れられることがあるためです。
「合計所得金額」とは、上場株式等の配当等に関していうと、同一年分の損益通算後、譲渡損失の繰越がある場合は繰越控除前、の金額となります。確定申告を行わなければ、上場株式等の配当等は「合計所得金額」に算入されることはありません。損益通算、繰越控除に目を奪われて確定申告を行うことにより、他の税制上のメリットを享受できず、結果的に損をしてしまうということが起こりえます。
「合計所得金額」を指標とするものとして、一般に以下のものが挙げられます。
配偶者控除、扶養控除
扶養する者の「合計所得金額」が1,000万円以下、配偶者、扶養される者の「合計所得金額」が48万円以下であることが要件とされます。仮に、配偶者が前年の確定申告で譲渡損失の繰越を100万円行い、当年に運用益が50万円出たため、譲渡損失の繰越控除を行う場合、「合計所得金額」は50万円(他に所得があればその所得も加算)となり、扶養する側で配偶者控除が適用できません。
この場合、配偶者側では運用益に対する源泉所得税を取り戻すことができますが、扶養する側においての税制上のメリットが失われます。双方を考慮したうえで確定申告するかしないかの判断が必要となります。
基礎控除
合計所得金額が2,500万円以下(2,400万円を超えると控除額が段階的に縮小)であることが要件とされます。この程度の所得になると超過累進税率により所得税率が40.84%になることが想定されますので、基礎控除48万円の適用があるかないかは結構なインパクトとなります。
他規定における「合計所得金額」要件
居住用財産の譲渡損失の繰越控除・・・合計所得金額が3,000万円以下
住宅ローン控除・・・合計所得金額が3,000万円以下
住宅取得資金の贈与・・・合計所得金額が2,000万円以下
教育資金、結婚・子育て資金の贈与・・・合計所得金額が1,000万円以下 等々・・・
確定申告をしただけではダメな場合
確定申告のデメリットも考慮したうえで確定申告を行った場合であっても、他に留意しなければならない点があります。
「総合課税」による確定申告を行った場合
「総合課税」による確定申告を行うのは、配当控除も踏まえ、所得税率の差額分を享受することにあります。しかしながら、「総合課税」による確定申告を行った場合、何も手続きをしなければ住民税は10%の税率で課税されます。住民税にも配当控除がありますが、それでも少なくとも7.2%の税率で課税されます。源泉徴収された税率が5%ですので、確定申告により、住民税の負担は上がってしまうことになります。
一方で、上場株式等の配当等については、住民税の計算上、所得税の計算と異なる課税方法を選択することができます。所得税の確定申告を行った後に住民税の申告も行う必要があり、手続き上、手間は増えますが、所得税、住民税それぞれにおいて税負担額を最少に抑えることが可能となります。
本ケースにおいては、所得税では確定申告を行って所得税の負担を最少にし、住民税では「申告不要」を選択することが選択肢として挙げられます。確定申告のほか、別途、住民税の申告を行う必要がありますが、住民税は源泉徴収された5%の税負担のままとすることが可能です。
「総合課税」「申告分離課税」いずれの形式であっても確定申告を行った場合
「総合課税」を行った場合、上場株式等の配当等の金額が住民税の課税標準を構成します。また、「申告分離課税」を行った場合、一般に、「申告分離課税」を選択するということは損益通算、譲渡損失の繰越控除が狙いとしてあると考えられますので、損益通算後の金額、譲渡損失繰越控除適用後の金額が住民税の課税標準を構成します。
「総合課税」を行うケースは一般に所得税率の差額分のメリットを享受することにありますので、住民税の計算上は「申告不要」を選択したほうが良いというのは先ほど述べました。それでは、「申告分離課税」を選択した場合はどうでしょうか。
住民税の課税標準を指標とするケースは様々なものがあります。代表的なものとして、自営業者や引退世代等社会保険に加入していない方が加入する国民健康保険は住民税の課税標準を基礎として算定されます。また、学校教育における助成金(高等学校就学支援金等)、児童手当、最近ではコロナ関係の措置も住民税の課税標準をもとに給付対象者が決定されます。
確定申告を行い、その後何もしないとそれが住民税の計算上も反映されます。所得税の計算上は、確かに損益通算、譲渡損失の繰越控除は大きなメリットとなりますが、損益通算、繰越控除適用後にも所得が生じている場合、住民税だけであれば問題とはなりませんが(「申告分離課税」は住民税の税率が5%のため)、国民健康保険も含めた様々な論点に影響が及ぶ可能性があります。
本ケースにおいては、損益通算、譲渡損失の繰越控除を適用することによる住民税の負担減と他の論点を考慮したうえで、住民税の申告は行わず「申告分離課税」のままとするか、住民税の申告を行って「申告不要」とするかの検討が必要となります。